![]() <こんなに視野は広くない、合成です> 「義経様との出会いが、完全なターニングポイント。 でも、それ以前の狼藉三昧な自分があったからこそ、 いま、主に心底から従える自分がいるのだ」 (私の履歴書・武蔵坊弁慶) ![]() : 義経にかしずいたりしてるところなんか見ていると 忘れがちですが、彼、昔はワルだったわけですよ。 : 身の回りでも、ときどき聞く話です。 「今はにこやかで気のいい人だけど、 若い頃はやんちゃで手が付けられなかった」みたいな。 優等生ではないけれど、真面目一筋で生きてきた私には そんな“元不良→今立派”な人に対してなぜか、 実質以上の、人間的な大きさを感じてしまったり、 オトコの色気を嗅ぎ取ったりしてしまうですよ。 あると思う、侠(おとこ)の匂い。 : 弁慶の魅力って、 真摯に義経に仕える、忠義第一なところや、 度胸、分別という英雄のプラスな面だけでなく、 過去の暗いかげがチラリとみえたりすると、 より役の厚みが増して人を惹きつけるんでしょうね。 : 今月、「義経千本桜、渡海屋・大物浦」 團蔵の弁慶をみて、そんなことを考えました。 アウトローな雰囲気がプンプンする弁慶だったから。 : 先月の勧進帳、仁左衛門の弁慶は、 いい人なんですよ、優しいんです。 変な例えですが、 もし仁左衛門弁慶がやっているすし屋があるとすれば、 そこは明朗会計のお店って感じ。 一方、團蔵弁慶の店はすべて時価で、 「プチぼったくり」な雰囲気。 いくら請求されるのかちょっと怖い的な…… (演目が違うから、並べて較べちゃダメなんだけど) : ともかく、團蔵弁慶は、 弁慶の人生が孕んでいるスリルみたいなものを 感じさせてくれました。 京中に佇みて、人の帯きたる太刀千振取りて、我が重宝にせばやと思ひ、夜な夜な人の太刀を奪ひ取る。 義経記(日本文学電子図書館) 弁慶は鬼神の子といわれ、比叡山に預けられますが、乱暴を働き追放されます。山を降りるときに自ら剃髪し、弁慶と名乗りました。その後、播磨の書写山でも追放された弁慶は、京都で千本の太刀を奪おうと考え、道行く人を襲いますが、あと一本という時、義経に出会い、屈して義経の臣となります。 京都大学所蔵資料でたどる文学史 [すっぽんの歌・キャンペーン中] <♪もののけ 魔物 サムライ狐……> |
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